夜風の後日談的な:春風

 朝食を食べ、食器を洗い、身なりを手短に整えて外へ出た。
最近、朝は散歩に出かけるのが日課になっている。

今日は少し曇っていて、春らしい天気という感じではなかった。

 (傘、あったほうがいいかな。)

すこし邪魔くさいが傘を持っていくことにした。

 (今日はどっち方面に行きましょうか。)

 散歩を始めたころは割と発見も多かったが、回数を重ねると目新しいこともなくなってくる。なるべく知らない道を通って頭に刺激を入れておきたいが、それがなかなか難しい。とりあえず昨日とは逆方向に歩を進めることにした。

 わたしは傘を手でくるくると遊ばせながら、周りを見渡すように歩いた。逆方向とはいえ、幾度となく通った道なのでやはり目新らしいものはない。だが、ここ数日で桜が満開を迎えたためか、いつもより華やかで、春の陽気も真新しさもないが、散歩をするには十分春らしい景色だった。

 (せっかくだし、今日は桜が見える道を歩きますか。)

 幸い、日々の散歩の中で桜がたくさん見れそうな道はよく知っている。良く知った道もこの感じならば気にならないだろうと思った。真新しさを求めていたのをすっかり忘れて、わたしは意気揚々と歩き続けた。

 平日の朝。

 わたしは少し縁が遠くなってしまったが、本来はこの人たちと同じ方向に向かっていたかもしれない。すれ違う人たちを見てぼんやりと思う。さっきすれ違った男の人は、少し眠そうな顔をしていた。

 (わたしはどんな顔をしていたのだろう。)

 さっきの人よりもひどい顔をしながら歩いていたかもしれない。もっともあの頃の記憶を漁っても、わたしの顔は出てこないのだけれど。そんなたわいもないことを考えるわたしの足は、近くの川沿いの道に向かっていた。

 (きっと、あのトンネルも満開なんじゃないかしら。)

 川沿いの公園にはひときわ大きな桜の木があり、枝が丁度トンネルの様に垂れ下がっている。わたしは、いつも天然のトンネルだと少し浮ついた気持ちでそこを通っていた。町中の桜があれだけ綺麗に咲いているなら、なおさらだろう。わたしはすっかり邪魔者になった傘でコツコツと地面を叩きながら進んだ。

 やがてトンネルが見えてくると、私の想像通りの、いやそれ以上の景色が見えた。
枝のつま先から根元に至るまで、淡い色を付けた花びらで覆われた木が出迎えていた。
そして、足元には春を告げる足跡がついていた。

 春風が吹いて、また桜が足跡を付ける。
わたしは桜がつけた足跡をたどりながら、桜のトンネルを歩いた。

 トンネルを抜けると、ちょうど雲の隙間から日が顔を出していた。

 (傘、いらなかったですね。)

 わたしは桜のトンネルを写真に収めると、つい最近知った連絡先にそれを送った。

 (返信早いなぁ...)

 友人からの返事は、ちょっと恨めしそうな、でもうれしそうな感じだった。

  "今日の夜は花見やからな!"